治療家が教える健康のブログ

副院長 中村信之 プロフィール

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中村 信之 略歴

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名前 中村 信之

所有免許 柔道整復師免許

柔道初段

趣味 治療関連読書 筋力トレーニング 体作り

好きな言葉 有言実行

皆さん初めまして。

治療家の 中村信之 と申します。

まず、私が、治療家になった経緯をお話したいと思います。

私の前職

以前は、自動車業界で5年間程働いていました。

職種は、整備・販売・営業とさまざまな仕事をしていました。

元々、自動車が好きなので、自分なりに日々、楽しく仕事はしていました。

病気との闘い

しかし、ある日無理な仕事が続き、体調を壊してしまいました。

後ほど判明したことですが、病名は「パニック障害」でした。

それだけではなく「外出・外食恐怖症」もありました。初めの1年間、外出は困難な状態でした。

その後、体調を良くしようと色々な病院・接骨院・整体院・カイロ等に

行きましたが、何ひとつ改善されず、この状態のままであれば、自分の体はどうなるか不安でいっぱいでした。

この頃は、紙袋を常備しながら治療を受けに行っていました。

(いつ嘔吐するか不安定な精神状態のため)「こんな病気は自分だけだ」と思い込んで、攻め続けていました。

この病気になってから、精神状態がコントロールできず、周囲の友人との付き合いは減り、家族にさえも無理をしていました。

 治療家へのきっかけ

「なんとかしたい!」と僅かな気持ちがきっかけとなり、

本気で自ら勉強して、自分の不調の原因を追求し、勉強しようと、

○歳から専門学校3年間へ通い、学業に励み、国家資格に望みました。

その時に取得した資格が「柔道整復師」でした。

 接骨院・整体の経験から得たもの

資格を取得後、整骨院で働いていた時、常に精神状態に悩みを抱えている

患者さんに出会い、「精神面も同時に改善されないか」といつも強く思っていました。

身体面も精神面も両方、良くなって笑顔で帰られたら、どんなに嬉しいだろうと真剣に思っていました。

自分なりにさまざまな解決手段を探している最中、インターネットを見ていたら運命的なものを感じるサイトを見つけました。

師匠との出会い

私の師匠となる先生でした。

先生の治療は体に軽くしか触らない程度なソフトな施術で体の歪み・自律神経を良くするという治療法でした。

初めは(何をされているのかさっぱりでした)の連続で半信半疑でしたが、

回数を重ねるたび、体調が少しずつ良くなっていくのが分かりました。

今まで、様々な病院、精神科を通ってきた私にとって、初めての実感でした。

その時私は「これだっ!!」と思い、体調が改善されてから

先生に独自治療方法を教えてもらえるようお願いをし、

先生との治療の勉強生活が始まりました。

修行の日々

それからたくさんの治療方法を学び、同じ理解者として、治療家として

体の不調で悩んでおられる方をたくさん助けてあげたいと思い

がむしゃらに経験を積んでおります。

体の不調で悩んでおられる方を一人でも
多く良くしたい。役に立ちたい。
痛みを喜び(笑顔)に変えたいと思っています。

最後まで目を通して頂き、本当にありがとうございます。

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よろしければ私の旧ブログです。よかったら見てください^^

新ブログはこちらからお入りください。

もしよかったら私が苦しんだパニック障害(その他諸々)細かいストーリーをご覧下さい。↓
私は、プロフィールで今までの自身が辛い経験を
伝えておりますが、細かい所までは書いていませんので
今回は、私が知る限りパニック障害原因・改善のことを伝えていきたいと思います。
この約20年間パニック障害と戦ってきたかということを・・・
内容で見ていただいている方が少しでもなにか気づくきっかけなればと思います。
長くなりますがよろしければ見てください。
あれは・・・10代後半の時(その前にも予兆みたいものありましたから合わせて20年くらい)
夕方の15時~夜0時までの不規則な派遣のバイトをしていました。
1年ほど続けて、ある日の休みにそのバイト先の人と朝ご飯を食べに行く約束をして
向かいに行き、ある食べ物屋さんへ
食べ終わり、そのバイトの人を外で待っていたら急に気分が悪くなり、嘔吐を連続5回くらいしてしまいました。
そこからでした。体の変調がきたのは家に帰り、明日には良くなるだろうと思いその日はゆっくり寝てました。
次の日は、少ししんどったのですがバイト行ったのはよかったのですが
着いてすぐに気分が悪くなり、トイレへ駆け込みました。
その後すぐに家に帰り、横になりました。
それから体調不調が続き、ほぼ1年間外へ出れない状態が続きました。
そこから私VSパニック障害との戦いが始まりました。
1年の間に家から出て行けるように様々な努力は自分なりにしました。しかし無理して外に出ると
お店行くのにも・どこに行こうとするのを
しんどい・めまい・ふらつく・怖い・気分悪い・人の目が気になる
車乗っていくにも気分が悪く、信号が赤の度に寝転んでいました。

というのが常に付きまとってました。
心底から自分だけだと思い続けていました(自分を攻め続けました)
泣く涙も正直なくなっていました。どうしたらいいのか・・・という気持ちで
その状態がしばらく続いたあとに母親が心配をし始め病院へ行ってみたらと母親に言われました。
パニック障害は自分以外の人からみたら、元気そうみえてしまうのも
辛いところです。そこで言われるのが「気の持ちようだよ」「悪いように見えない」と言われることが一番辛かったと今も覚えております。
日によって波があったので(小波&大波&津波様々ありました)
一年過ぎた頃から
気分が少しでも落ち着いているときに病院を勇気を出して行きました。
(勇気よりも我慢が強かったかもしれません)
私の場合は、一番きつかったのが餌付きでしたので、常に袋を常備しており、いつでも吐いても大丈夫ようにともっていました。
初めは、総合病院の内科へ行ってこれまでの症状を伝えました。「そんな病気はない」「心療内科へ行って」一言で終わりました。
その言葉がショックでした。その後、病院内のトイレで餌付きが止まらなかったのを
今も鮮明に覚えております。
まだ、病院しか知らなかった私は次に心療内科へ行きました。
袋片手に行ったのもよく覚えています。
行って先生と話をしたそれだけでした。その後、薬(安定剤・眠剤)だけ渡され終了でした。
言われるがまま薬を飲んでいましたが、良くなることもなく
数か月が立ちました。良くならないと思い別の心療内科へ行きましたが結局一緒でした・・・。
ただ、外に出ることは少しだけできるようになっていましたので
(袋を常時しながらですが)
それは、自分が良くなりたい気持ちが強くなっていたからそう動けたかもしれません。
少し外に出れるようになってきた頃(行く所は限定でしたが・・・)
この少し出れるというのも、1年間かかっていました。
環境を変えないと思い、以前正社員として働いていた車屋さんにダメ元でお願いをして、再度働かせていただける事になりました。
本当にうれしい事でした。その時の関係者様に感謝します。
しかも嫁さんとの出会いでもありました。
今思うと➡運命だったかもしれません。
しかし
従業員と一緒にご飯を食べる・出張に出る・飲み会行くというのが辛くてしんどかったのをよく覚えています。
このときはいつか良くなる可能性があると信じてがむしゃらに働いて・付き合いも出来る限りしていました。
働き始め半年ぐらいから少しずつ落ち着いている自分がいました。
(外で作業が多かった為、少しだけ安心感があったのかもしれません)
その後何年か働かして頂き、自然と当時同じ職場で働いていた
奥さんと付き合うようになり、結婚の意識も高まり
もっと経済的によいところに働かないと思い転職を決意しました。
色々したのですが、自分に合わず何回も転職しました。
転職している内に、車の営業をすることに落ち着きました。転職中に結婚はしていました。
その車の営業している時は、なぜか落ち着いていました。症状もまったくと言っていいほどに出なかったのです。
今思えば、色々な患者さんを治療してきましたが
パニック障害も落ち着く時期があるのだと
ただ、私の個人的な考えですが環境を変える事によってその時期が生まれるのかもしれません(全ての人とは言えませんが)。
車の営業の続きですが
仕事の方は、正直忙しさが半端ではなかったです。
その忙しさがあって体の状態が落ち着いていた
もしくは鈍くなっていた後回しになっていた
そのあたりは定かではありませんが
普通に過ごすことはできていました。(不思議なぐらい)
月日は流れて、突然上司が変わるという話になり
上司が変わってから、それまで売り上げ等を順調に上げてこれたのですが急に上司が変わると下降してきました。
株でいったら大暴落でした・・・・。
体調も少し変動が出ましたが、耐えれる状態でした。
その上司とどうしても合わなかったので、退職を願いましたが
売り上げを上げている事を知っていたそのもう一つ上の上司が違う店舗へ移動はどうだと言われました。
それから、違う店舗に移動となり
移動先では、雰囲気は悪くなかったのですが業績不振からの脱却がすごく大変でした・・・。
業績が元に戻るまで、三か月ほどかかりとても居づらかったです。
そこから落ち着いていたのですが自分の性格上、自分の体を後回しにしてお客さんとの対応を重視してしまい実質的に休みがない状態に陥ってしまいました。子供とも全然かかわれなかったのもよく覚えています。
長男にはほんと申し訳ない気持ちでした。
それから1年半くらいが過ぎようとしていた時にふと、仕事辞めて手に職をつけたいと思い始めました。
理由としては、
①以前から興味を持っていた(治療家)
②仕事に未来が感じれなくなった
③休みを十分とれていない
正直仕事をいやになったのかもしれません・・・・。
働いていた仕事の辞め、接骨院の先生の資格がほしいと思い、専門学校への願書を出しました。
その時も、まだ体の状態は安定している方でした。
そのあとからです。大変だったのは・・・。
専門学校に入学し、様々なことを学びました。
解剖学・生理学・病理学・外科学・一般臨床学・関係法規・整形外科学・リハビリテーション学
柔道整復学・衛生学・運動学という感じです。抜けているかもしれません・・・
普段から勉強してこなかった私でしたので勉強方法がわかりませんでした。そこが一番難しかった事です。
悪戦苦闘しながら、3年生まで行きましたが国家試験が近づくにつれ、体の不調が出始めました・・・。
餌付き・呼吸がしにくいあとは、外食が怖いという事も突然出てきました。
食堂というところもありましたが、食べている時も急に不安になり残すことも何回もありました。
そこで初めて、人には正直に自分の症状を言えていないと感じました。
今まで、人に私の症状を隠し続けてました。
それは、言ったらどう思われるのだろうという不安・恐怖だったと思います。
人には元気な自分を見せていたいというプライドもありました。
だから余計に言えなかったのだと思います。
その状態が続き、国家試験を迎えました。
国家試験会場は他府県でしたので
前泊して、当日に会場入りという事をしましたが当日の体の状態は最悪でした。
国家試験の重圧が体にのしかかり、電車移動ではもうフラフラの状態でした。
今まで味わったことのない緊張もさらにのしかかり自分は死ぬのではないかと思うぐらいでした。
朝ほぼご飯を食べずに行ったはずなのですが会場着くと、気分がMAXに悪くなり、トイレに駆け込みました。
15分くらい餌付きっぱなしでした。胃液がすべて出たという感じでもうフラフラでした。
なんとか席着いたら、さらなる悲劇が待ってました。
席が一番前だったのです。(試験官の前)さらに気分が悪くなり、やばいやばいと思って時に試験がスタートしました。
あれはもう思い出したくない経験でした。
なんとかフラフラの状態で、午前中の試験が終わりましたが
その後は、少し気持ちが落ち着いたのか
午後は普通の状態で望みましたが、とき既に遅しでした。最悪の結果だったのは自分でもよくわかっていました。
後日、結果が届き不合格でした。
なんと、合格まで1点たらずという結果に私は泣きました。
嫁にも謝りました。
もちろん来年は受けるつもりでしたがさらに嫁には1年待ってもらうという現実がありました。
正直申し訳ない気持ちがあり、別れを切り出しましたが、断れました。
ラストチャンスという事で来年の国家試験に賭けると言いました。
よくこんな私についてきてくれるな~と思いながら(本当にうれしい限りですが)
全力でまた勉強をし直しました。その時に不合格という事によって
より自分の体を知る為には合格しないといけないという気持ちが強くなりました。
今思うと、これは神様からの試練なのかもしれません。
実際、新卒で80~90%の合格率です。
しかし、既卒の場合は、合格率は20%以下になっています。
その20%以下に賭けることにしました。
1年後
以前のような経験はしたくないと思い、試験会場を変えて
体のメンテナンスを自分が知る限りの事をして体調は初回に受けた時よりもマシでした。
なんとかギリギリでしたが合格できました。
運がよかったと思います本当に・・・
ようやく治療家への道が一歩前進できました。
しかし、体の不調は今後も続くことになります。

少し話がそれますが
私は、経験は経験でしか埋めることはできないと思っております。
国家試験後は、ひらすら経験を上げていくしかないと思っていました。
実際に、国家試験後は就職活動に入りましたが・・・なかなか決まらず焦っていました。
この時もあまり調子は良くなかったのはよく覚えています。
滋賀県・京都などでも就職活動しましたが中々決まらずでいました。
とても言いにくかったのですが整骨院でアルバイトをしていた時があり(専門学校2年生)その所へ一度お願いをしてみました。
整骨院の院長先生とお話をしてそこで就職をすることになりました。
そこから、今までにない症状がぶり返してきました。
何気ない時にも
ふらつきやしんどさがでたり・餌付きが出た
頻繁に風邪を引いてしまったりが続いてしまいました。
もちろんの事、仕事場ではできる限り黙ってひたすら
仕事に没頭していましたが・・・・(我慢の方が強かったですが)
様々なストレスがのしかかっていると感じて
ふと自分でこのままだと倒れるかもしれないと思い
病院の検査を改めてして薬を服用していましたが
改善はせず、その病院の先生にこの薬はどうかと言われたのがパキシルでした。(とてもいい先生で以前から相談はしていました。)
服用すると、たしかに気持ちは楽になった感じはありましたが
副作用が出てしまい・いやな場面(店等)に行っても
症状は現れた為、自分の中でどうしたらいいのかわからなくなってきました。
なんとかしたいという気持ちから色々インターネットを使い
調べている時に、私の師匠である大津気功ヒーリング院長のHPを見て
良くなるかもしれないと感じて症状をメールで伝えました。その後すぐに治療していただくことになりました。
その後何回か治療を受けていくと(3か月~半年くらいから)
自分自身が変わっている感じがしました。胃の重たさ・餌付きも少しマシかなと気づき始めました。
正直波はありましたが(辛い時も何回もありました)
でも院長は良くなりますからと励まし続けてくれました。
今思うと、院長に出会わなければ本当に良くなっていなかったと思いますし
自分自身の治療家レベルも上がっていなかったと思います。
整骨院の治療法ではなく、もっとすごい治療法を知りたいと思い
整骨院を退職をしその後、自分が思う治療法探すことになりました。しかしながら
家族を養う事が先でしたのでデイサービス(機能訓練指導員)として再就職し
仕事をしながら治療法を探し続けました。
正直中々見つかりませんでした
その時も、滋賀大津気功ヒーリングの治療を受け続けていました。
その時に、いつものように院長に治療して頂いた後に
自分の体の調子が良くなっているのをわかっていたので
この治療法だと思い「先生の施術教えて頂けませんか」といきなり言いました.
その後、今までの私の経歴等をお話をして
先生が「いいですよ。」何曜日に勉強会しているとよかったらどうぞ。
と言っていただけました。
びっくりと嬉しさダブルでしたからテンションマックスでした。そこから、私の求めていた道に進む形になりました。
新しい自分を見つける為に滋賀大津気功ヒーリング院長の指導のもとで様々な勉強をさせていただきました。
体調も今までの不調は本当に良くなってきて家族にも笑顔が出せるところまで回復していました。
ただ一つ波があった症状としては餌付きが最後に残っていました。それ以外はほぼ回復しておりました。
この症状も少しずつ変わってくると信じていました。
今思えば、あの時変わり始めている私をみて
嫁さんが一番喜んでいたかもしれないですね
正直
院長に出会うまでは、この症状一生付き合っていくしかないと思っていましたから。
その後
色々ありながらも、勉強会の参加者が増えて行きました。
その方々に会うのも運命だったと思います。
勉強を2年くらい過ぎた頃から、その時働いていた会社の人・家族に
治療の練習台になってもらい日々経験を積んでいきました。
日にちがたつにつれ
その方々が少しずつ良くなっていかれました。
その方々の家族・知り合い・友人が治療を希望され、自然と口コミが少しずつ広がり様々な方々を治療にあたらせていただきました。
良くなっていかれてその方の笑顔を見ると本当にうれしく思います。
その頃から、餌付きも少しずつ減ってきました。
約20年、私を悩ましていたこの症状も少し時間(1年~2年)はかかりましたが本当に良くなりました。
20年→たった1年~2年良くなると思えば早かったです。
人それぞれ個人差はありますが
良くなりたい気持ち+諦めない気持ちが一番大事です。
・どれだけ名医でも
・どれだけゴットハンドの治療家でも
本人が良くなりたい気持ち+諦めない気持ち持たない限り良くならないと私は思います。
思い始めてそこから体は変わります。
ちょっと話がそれました・・・
そこから少し年月が立ち
滋賀大津気功ヒーリング院長が一緒に働いて、体のことで悩んでいる人々を良くしていこうと言ってくださいました。
もちろん私の経験を更なる上に上げるためでもありました。
本当に家族・院長・勉強会の仲間・大阪の有名な院長先生(色々お世話になっている方です)
患者さん・以前の会社の皆さんに支えられて感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
パニック障害は本当に良くなります。決してあきらめないでください。
これで私とパニック障害ストーリーは終了したいと思います。

長文見ていただきありがとうございます。

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